2016年08月26日

ホステージ・レスキュー(1)

ホステージ・レスキュー(1)
 部屋の中、建物の中、車の中といった場所の違い、人質の人数、犯人の数や武器の種類などを問わず、ホステージ・レスキュー作戦は通常5段階に分けて実行されます。全体を見れば1つの大きな作戦ですが、リスク回避の観点から作戦を5つの段階に分けて実行することが米警察のSWATでは一般的になっています。

 ここで言うリスクとは、第1に人質の安全、第2に突入部隊の安全、そして最後に犯人の安全を表します。警察による作戦ですので犯人を射殺するのではなく生かして逮捕することが求められますが、下手なことをすれば犯人と銃撃戦になり、結果として犯人を射殺することになりかねません。また、人質立て籠もり事件では、犯人が自らの主義主張を訴える前に人質を殺すことは稀です。人質なしでは警察部隊に包囲されてやられ放題となりますので、交渉が行き詰ったり自ら精神的に限界に達したりしない限り人質を乱暴に扱ったとしても人質全員を殺害するには至りません。

 アクティブ・シューターであれば先着の警察官が単独で現場に突入する戦術が近年の欧米の警察では最も効果的であると考えられ、実行されています。その理由は、アクティブ・シューター犯は人質をとることが目的ではなく視界に入った人を殺傷することが目的ですので、現場を包囲したりネゴシエーターやSWATを待っている間に次々と人々が殺害されることを許すのではなく、単独で突入し速やかに脅威を排除する戦術の方がより多くの命を救えるとの教訓があるからです。しかし人質立て籠もり事案では、犯人の「生きた人間を人質として捉える」と言った目的が既に達成されているので、人質や自身の命を危険に晒さないためにも先着の警察官が単独で突入することはしません。

 では作戦の5段階とはそれぞれ何なのか?それらは①計画(作戦立案)、②リハーサル(予行)、③展開(接近)、④実行(突入)、⑤撤収(離脱)です。

 第1段階の計画では、如何にして人質の安全を確保するかが検討されます。その手段としては、A)犯人が人質を殺傷する能力を無力化する、B)人質を安全に逃がす、C)人質を犯人の脅威から護る、の3つの中から1つ或は組み合わせが存在します。作戦の最大の目標は人質の救出(解放)であり、犯人の無力化はそれを成し遂げるための手段の1つであって作戦の目標ではありません。つまり、人質の解放のためには最悪の場合、犯人の逃走を許すことも視野にいれて作戦計画が練られます。また、もう一方側の最悪のケースでは、犯人を射殺してでも人質の安全を担保することが考えられます。これら2つのケースは両極端にある想定ですが、計画段階では作戦の流れを見てどちら側にも動けるようにプランが練られます。加えて、稀に人質が自ら機を見て脱出するケースもありますが、これも人質の救出といった作戦目標を達成することになります。

 C)人質を犯人の脅威から護るとは、犯人の殺傷能力の及ばない場所に人質を退避させる(Sheltering in Place)ことを表します。例えば、突入部隊が盾となって犯人と人質との間に分け入って犯人を孤立化させたり、部隊が突入した際に起きる混乱(閃光手榴弾の使用など)に乗じて人質を隣接する部屋に誘導し犯人のみを元の部屋に残すなど、人質を犯人による物理的な脅威下から切り離すことを表します。人質と犯人を切り離すことが出来れば、それまではリスクが高く実行出来なかった事も可能になり、突入部隊側の戦術の選択肢も増えます。

 勿論、何れの手段も綿密な計画なくては実行出来ませんし、綿密な計画を練るためには詳細な情報が必要です。サーマルスコープやファイバースコープ、コンクリートマイクといった器材を用いて全く見えなかった全体像を少しでも(一部分でも)見える様にするために情報収集が行われます。この様な事案では突入部隊の戦術や技量ばかりがフィーチャーされますが、何も情報がないまま作戦目標を100%達成出来る訳がありません。戦争と同じです。「戦闘」に勝つには戦術や技量が求められますが、「戦争」に勝つには情報が必要です。

 次回は、第2段階から解説していきます。

 *このシリーズでは作戦の考え方などについて言及しますが、個々の戦術の詳しい内容については不特定多数が閲覧するブログ上では相応しくないことから言及を避けさせて頂きます。



Posted by Shadow Warriors Training at 18:17 │小ネタ