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Posted by ミリタリーブログ at

2020年05月31日

戦闘衛生について(4)


 では、もう一つの問題である救護開始後の医療資源の枯渇といったリスクを見てみましょう。個人装備として携行するIFAKなどの医療キットは必要最小限のものしか入っていません。大量出血に対応するための資材も、圧迫包帯は1つ、ガーゼも1つ、止血帯も1つしかないのが殆どの場合です。勿論、より多くの資材を入れた大き目のメディカルポーチを装備することも可能ですが、前に述べた通り射手として任務を遂行するために最も必要な装備は医療キットではなく弾です。ベストであれリグであれベルトであれ、弾倉を装備することがメインであり、医療キットは隙間の空いている部分にしか装着することが出来ません。

 隊員個人が携行する医療キットはその隊員本人の負傷に使用するためですが、圧迫包帯も止血帯も、実際のところ1つずつでは不十分です。負傷する部位が腕1本か脚1本に必ず限定されており、また受ける傷も1ヵ所に必ず限定されているのであれば、1本の止血帯と1つの圧迫包帯でもなんとかなります。しかしながら銃傷の場合、貫通銃傷であれば弾の入口と出口の2ヵ所の傷を負うことになります。もし銃傷でなくIEDや対人地雷などによる爆傷の場合は両脚を同時に負傷したり、片脚だけで複数の傷を負ったりします。出来ることならこのブログでも爆傷の例として幾つかの写真を掲載したいのですが、管理者から文句を言われる可能性がありますので控えておきます。


 隊員個人が携行する医療キットの内容に限界があることから、追加の資材が入ったメディカルバッグを分隊規模や小隊規模で携行します。軍隊では衛生隊員、警察ではSWATメディックがこの様なバッグを携行します。しかしながら、CUF/DTCの段階では衛生隊員もSWATメディックも射手としての任務に徹します。またTFC/ITCの段階に移行した後でも負傷者が複数いる場合はトリアージが行われ、資材は必要とされる負傷者に優先的に使われます。なお、戦闘衛生におけるトリアージは民間医療におけるトリアージとは目的が異なることを理解しておいて下さい。民間医療では症状の深刻さを基にトリアージして、軽傷者よりも重症者を先に治療するために行われます。ですが、戦闘衛生におけるトリアージの目的は、自分たちの保有する医療資材で助けることが出来る負傷者とそうでない負傷者の選別です。言い方を変えれば、急いで助けが必要な者を優先的に助けるのではなく、急いでも助かる見込みのない者を切り捨ててでも助けられる可能性の高い者に人員と資材を優先的に投入するのが戦闘衛生におけるトリアージです。

 また、医療資源には資材だけでなく人員も含まれます。例え小隊レベルのメディカルバッグに十分な種類と数の医療資材が入っていたところで、衛生隊員を始めそれら資材を満足に使いこなせることが出来る隊員が先に死傷してしまった場合、資材はあるが使える人がいないといった状態に陥ります。宝の持ち腐れです。人が足りない、人がいても訓練レベルが達しておらず使いこなせない。このような状況は人的な医療資源の枯渇になります。

 米軍でTCCCが導入された直後は訓練プログラムは1種類だけでした。その後非衛生隊員用のコースと衛生隊員用のコースとの2種類に別れましたが、長期に渡る戦争の経験から人的な医療資源の枯渇を防ぐ目的として、2020年現在では非衛生隊員も含む全軍種・全職種を対象としたTCCC-ASM(All Service Member)、非衛生隊員である戦闘職種・後方支援職種を対象としたTCCC-CLS(Combat Lifesaver)、戦闘部隊の一員として行動する衛生隊員を対象としたTCCC-CM(Combat Medic)、衛生隊員の中でもより危険度の高い任務に赴く特殊部隊のメディックやコンバットレスキューなどを対象としたTCCC-CP(Combat Paramedic)の4種類が存在します(SWTが提供するコースは、このうちのTCCC-CLSに準拠します)。

 因みに戦闘から離れて、多重傷害事案の例を挙げますと(もちろん海外の事例ですが)、ラスベガスでホテル上層階からの乱射事件では、ラスベガス市のSunrize病院には90分の間で215名の負傷者が搬送されており、ニュージーランドでの乱射事件ではクライストチャーチ病院に45分間で41名の負傷者が搬送されています。
(5)へ続く
  

Posted by Shadow Warriors Training at 14:53小ネタ

2020年05月29日

UF PROによるトラッキング技術の紹介ビデオについて(2)


 Boris Vos氏によるトラッキング技術の紹介ビデオが第5話をもって終了しましたがいかがでしたでしょうか?本人も語っていましたが、シナリオが追跡から交戦へと進む事を多くの視聴者は望んでいたことかと思います。ただそれをすると、トラッキング技術の紹介はそこで終わってしまい、交戦からは小規模部隊戦術へとシフトしてしまいますので、純粋にトラッキング技術だけに絞るにはあのようなエンディングとならざるを得なかったかと思います。個人的にはユーモアも含まれた良い結末であったと思います。

 ただ、私が実際にVos氏からForce-on-Forceシナリオを含めたトラッキング訓練を受けた経験から言いますと、敵2名・味方4名の戦力で交戦した場合、50%以上の確率でトラッカーもしくは前衛は死傷します。また、トラッキングチームは機動力を重視するために、重装備では任務に臨みません。特にトラッカーの場合は高い集中力を維持するためにも体力の温存が必要であることから、携行する弾数も最小限にします。マラヤやボルネオなどにおけるSASのトラッキングチームや、アフリカでのローデシアSASの装備を見れば分かる様に、追跡の速度を上げるために装備は最小限とせざるを得ません。よって、交戦が長引けば長引くほどトラッキングチームにとって不利となります。

 実際のコンバット・トラッキングでは2つ以上のチームによる追跡と先回りを行うことで敵との時間的・空間的な間隔(Time/Distance Gapと言います)を縮めることを試みますが、今回のビデオシリーズの様な単独の(途中でUAVによるサポートは得ていましたが)チームでの追跡では技術面と戦術面のバランスをとることが非常に困難です。警戒を最小限にし追跡速度を上げるのか?警戒と厳にし追跡速度を落とすのか?痕跡を追って遭難者や行方不明者を探すトラッキングと、反撃能力を有する敵性勢力を追跡するタクティカル・トラッキング(コンバット・トラッキング)との大きな違いがそこにあります。

 そろそろ梅雨入りとなりますが、日本国内でトラッキングの基礎技術を訓練するには絶好の時期となります。なぜなら、山林などでは足跡を始めとする様々なサイン(Sign・兆候)が残りやすくなりますので、サインの見分け方や探し方の訓練がし易くなるからです。そもそもコンバット・トラッキング技術は東南アジアやアフリカ、中南米などの赤道に近いエリアで発達した技術です。それらの地域は湿度の関係で足跡を含むサインが残り易いことが理由です。従って、北半球でも南半球でも緯度が高くなるほどサインも残りにくい環境となり、トラッカー泣かせとなります。  

Posted by Shadow Warriors Training at 10:43小ネタ

2020年05月16日

戦闘衛生について(3)


 負傷してから救護開始までのタイムラグについて、警察官が遭遇し得る状況を110番・119番通報のデータからもう少し詳しく見てみましょう。110番通報の場合、平成29年中に受理された通報に対するレスポンスタイムの平均は7分5秒です。また、119番通報の場合では、平成30年中の全出動件数におけるレスポンスタイムの平均は8分42秒です。

 このデータは全ての110番・119番通報に対するレスポンスタイムについてですが、事故にせよ事件にせよ通報から初動部隊の到着までここまで時間がかかっているのが事実です。これが多重傷害事案や爆弾テロ事案であった場合、データ通りの時間で初動部隊がレスポンス出来たとしても、CUFやTFCに該当する状況が7分から9分間続く事になります。そして、銃器などの脅威に対して自らを防護する資材や戦術を有していない消防・救急部隊は、警察部隊が現場をクリアにするまでは規制線の中へは入れません。つまり、脅威の排除に加えて負傷者の救護に先ずあたることになるのは警察官になります。


 海外、特にアメリカではアクティブシューター事案や爆弾テロなどが国内でも毎年複数件発生することから、警察や消防・救急組織におけるTECCの重要性が血を流した教訓として理解され、取り入れられてきました(アメリカの警察官に止血帯を装備し訓練する動きが大きく進んだのは、サンディーフック(Sandy Hook)小学校におけるアクティブシューター事件からです)。しかしながら、良くも悪くも日本国内ではそこまでのセンセーショナルな事案は数年に1回の頻度でしか発生していません。また脅威レベル(武装レベルや訓練レベルなど)も海外の事案に比べて格段に低い事から、海外の事案よりは比較的早めに脅威の排除が完了しており、結果として現場における消防・救急隊による一次ケアとトリアージも行われ、救急病院への搬送と二次ケアも手遅れに成り過ぎない程度で行われてきています。

 つまり、良くも悪くも国レベルでの初動医療の考え方を大きく変える程の事案に見舞われておらず、手痛い失敗例がない事から本当の教訓が学べていません。いや、少なくとも現場の最前線にいる警察官はTCCCやTECCの必要性を理解していますし、実際にその様な方々に対してSWTではCombat Lifesaverコースを提供しています。問題は、彼らのニーズをくみ取って答える義務のある上層部が、TCCC/TECC訓練の必要性を十分に理解出来ていないことにあります。なお、アメリカでも予算の問題や理解度の問題から、全ての警察署でTCCC/TECC訓練が提供されている訳ではありません。また提供されていても内容が不十分であるケースも報告されています。特に止血帯に関して言えば「止血帯を正しく適用すれば大量出血は防げる」とアメリカの警察でも認識されている様ですが、実際の医療データでは大腿部への止血帯が完璧な止血効果を発揮したケースは全体の7割程度です。
(4)へ続く
  

Posted by Shadow Warriors Training at 17:45小ネタ

2020年05月03日

戦闘衛生について(2)


 先の想定において辛うじて遮蔽物の陰に隠れたり地面の窪みなどに身を潜めることが出来たら、止血を開始します。その際、更なる負傷を防ぐために遮蔽物や窪地から身を出さないようにする必要がありますが、大概その様な姿勢をとっていると圧迫止血法も止血帯も十分な力でかつ早く巻き付けることが困難です。また、理想的には大量出血の確認から60秒以内の止血が求められますが、応戦しながら遮蔽物の陰に入るためにどれだけの時間をロスするかはその状況に陥るまでは分かりません。よって、複数で行動する場合は負傷していない残りの隊員がいかに素早く効果的な掩護射撃を実施することが出来るかが、負傷した隊員の効果的なCUFに繋がります。

 巷では残念ながら止血の重要性を誤って教えられ、マガジンポーチにまでCATなどの止血帯を入れて「部隊全員の止血は俺が対応する」とでも言わんばかりの装備の方がいる様ですが、TCCCにおける最良の行為は止血でも投薬でも手術でもありません。CUFの状況において負傷者が素早く身を隠し止血する機会を得るためには、部隊全体による火力優勢の維持がTCCCにおける最良の行為となります。よって、マガジンポーチには止血帯でなく、装填された弾倉を入れておくのが戦術的な常識です。医療行為が優先されるのは、あくまでも平時においてのみです。TCCCが適用される戦時において優先されるべきことは、医療行為ではなく戦術です。

 では軍事作戦から少し離れて警察の現場ではどうなるのか?警察の現場における銃傷などに特化したものとしてはTECC(Tactical Emergency Casualty Care)というものがありますが、用語や想定がほんの僅か違うだけで基本的にはTCCCと同じ考えです。TECCでは直接的な脅威下にある状態のDirect Threat Care(DTC)、一旦交戦を終えた或いは避けた状態にあるIndirect Threat Care(ITC)、そして後送段階にあるEvacuation Care(EVAC)の3段階が存在します。そしてそれぞれはTCCCにおけるCUF、TFCとTECにおける対処方法や処置方法と同じです。

 こちらも残念ながらトラウマ専門の医者(注:ここで言うトラウマとは精神的なダメージのことでなく、高度な専門技術を必要とする外傷のことです。)でTCCC/TECCを良く理解出来ていない方が居られるようで、「銃傷などを負った人質や隊員などはどんどん私のところへ搬送して下さい」と戦闘外傷について学びに来られた警察官などに話されている様です。ですが、TEC/EVACの段階に至るまでには、CUF/DTCやTFC/ITCの段階が存在し、状況によってはCUF/DTCから数十分経ってもTFC/ITCに移行しない場合もあります。現場での応急処置も満足に出来ず、現場からの搬出もままならない状況がそこにあることを知っていることから、志の高い警察官が自分たちが現場で出来ることを学ぼうとしているにも関わらず、結論として早く搬送して下さいとしか言われない矛盾が存在します。医療<戦術の図式が理解されていない事が原因です。

(3)へ続く
  

Posted by Shadow Warriors Training at 12:23小ネタ