2017年05月21日

MACTACについて(4)

MACTACについて(4)
 ではこのシリーズの最終回として、2015年11月13日に発生したパリ市内におけるISIS戦闘員による攻撃を詳しく見て行きたいと思います。少々長くなりますが、お付き合い下さい。

 この事件は短時間のうちに合計7ヶ所にて攻撃が行われ、特にスタジアム、バタクラン劇場、劇場周辺エリアの3ヶ所にて特徴的な攻撃がなされました。使用された武器は銃器と爆発物、結果として130名の命が奪われると共に350名以上が負傷する結果となりました。

 まずはスタジアム(Stade de France)での爆発事件について。ここでの特徴としては、爆発による建物の崩壊や、初回の爆発による市民・観客の大量殺戮はテロリストの戦術になかったことです。1つ目の爆発は2120時に、スタジアム入り口(Gate D)にて自爆ベストの存在がスタジアムの警備員に発見されたことを契機に起こりました。2つ目の爆発はそこから程近い別の入り口(Gate H)にて2130時に発生。そして3つ目がスタジアムから約400m離れた地点にて2153時に起爆されました。なぜ3回に分けて別の場所にて起爆させる戦術が採られたのか?それは爆発によるパニックで逃げ惑う群集を狙い撃ちにするためです。1撃目の爆発を知って逃げ出した群集を2撃目で殺傷し、更に2撃目の爆発を知ってそれとは反対側に逃げる群衆を3撃目で殺傷することがテロリストの戦術でした。

 しかしフランス政府と警察当局はスタジアム内にてサッカーの試合が続行中であったことを好機と捉え、観客には詳細を伝えぬまま(パニックを起こさせないために)、3つ目の爆発前であるハーフタイムに入る直前に、観客に知れることなくスタジアムの全ての入り口を封鎖するといった「シェルター・イン」を実施しました。よって、観客がテロリストが当初描いていた計画とおりに動くことなく、結果としてスタジアムでの爆発事件での観客の死傷は避けられました。勿論この判断は「賭け」の要素も含んでいます。何故ならスタジアム内にテロリストの仲間が浸透しており、内部でも自爆ベストを起爆する恐れもあるからです。しかし入り口での厳重なセキュリティーチェックを行っていたことによりスタジアム内には爆発物・銃器の持ち込みはないと判断されたことから、避難ではなく敵を中に入れない「シェルター・イン」が行われ、結果として観客が爆破物の犠牲になることは避けられました。

MACTACについて(4)
 次に劇場周辺エリアでの襲撃事件について。このエリアでは銃器を所持した複数のテロリスト車両で移動しながら次々と無差別発砲を行いました。最初は2125時に2軒のレストランにて発砲、次に2132時に500m程先のカフェにて発砲、続いて2136時に先のカフェから2km程離れた場所のバーにて発砲、更に2140時に別のカフェにて自爆テロ(この自爆による死者はなかったとの報告)、そして同時刻に銃で武装したテロリストが劇場に侵入。これが一連の流れでした。

 直線距離にして僅か3km程の位置に点在する5ヶ所を次々と移動を続けながら市民を無差別に攻撃してきた、これこそがMACTACの定義に当てはまる新たな脅威の特徴です。複数のメンバーが別々の場所で活動を開始し、最終的な攻撃の前に集結した2008年のムンバイでの事件と同じパターンです。

 そしてテロリストにとってフィナーレの場に運悪く選ばれたのがバタクラン劇場でした。2140時に劇場前に停車した別の車から自爆ベルトを着用した3名のテロリストが降り、劇場内に侵入すると同時に無差別発砲を開始しました。その後はご存知の通り、約3時間の包囲の末の警察部隊による突入によって1名射殺・2名自爆という結果となりました。なお劇場内では89名の観客が命を奪われました。

 事件当日の速報では当初劇場内には60から100名ほどが「人質」となっていると報道されていましたが、真相はどうだったのでしょうか?実は今回のバタクラン劇場での事件は旧来の「立て篭もり」や「人質事件」とは全く異なるものです。敵が狂信者であっても2002年にモスクワで発生した劇場占拠事件のように、人質事件では他人の命に危険が及ぶことを匂わせておいて何かしらの要求をメディアなどを通じて広く世間に出すことで注目を浴びることが犯人の「目的」です。この様な事件では人質を取ることはその為の「手段」です。ところが、バタクラン劇場では警察部隊やメディアに対して一切の要求は出されておらず、シリア空爆への報復を謳いながら観客を殺害することだけが「目的」でした。これは言ってみれば、犯人の数や武装の規模が大きな1つのアクティブ・シューター事件であり、テロリストの動きを早急に止める以外に不運にもその場に居合わせ逃げ出す術を失った観客の命を助ける方法はありませんでした。

MACTACについて(4)
 もし銃器だけでの犯行であればフランス警察当局はもっと早い段階で突入していたはずです。アクティブ・シューターによる犠牲者を減らす唯一の手はアクティブ・シューターを速やかに無力化することであることを彼らも理解しています。ですが彼らはそれが出来なかった。何故ならその前段階のスタジアムとカフェにて自爆攻撃が確認されていたことから、突入部隊を標的とした自爆テロが予期されたからです(結果的にも突入後にテロリストの1名は自爆しました)。では劇場に突入した部隊は、どの様な戦略・戦術を練っていたのか、或は練る必要があったのか?興味深いことだと思いますが、不特定多数が読むブログですので、戦略・戦術やハイテク装備などに関する情報を守る必要がありますので、言及することは控えさせて頂きます。
 *組織間・部隊間のOPSECに関しては以前述べたスタンスを崩しませんが、一般への情報開示については全く逆であり、開示すべきでない情報は何があっても出しません。

 以上が、パリ襲撃事件当日の動きと攻撃の特徴になります。ムンバイの事件とほぼ同じ戦術がとられており、ISIS等のイスラム過激派が西側に居住するシンパや西側に浸透、或は帰国した構成員に対して、どの様に西側諸国の大都市でテロを起こすかを示したマニュアルに沿っが襲撃パターンとなっています。この事件を契機に警察庁は各都道府県の銃器対策部隊に自動小銃の配備を決定しましたが、紙の標的を相手とした命中精度だけに主眼を置いた訓練でなく、逃げ惑う群集をかき分けながら標的へと距離を詰め、更なる犠牲者を出さないために少しでも早くテロリストを無力化するために必要なハイレベルな訓練が施されることを望みます。
終わり



Posted by Shadow Warriors Training at 17:53 │小ネタ