2017年12月25日

戦場での輸液について(3)


 どんなに兵士が屈強で数十本の弾倉を身に付けて走り回ることが出来たとしても、血液はそれぞれの兵士の体内に循環しているだけしか戦場に持って行くことが出来ません。よって、水によって簡単に血漿製剤が作れるフリーズドライ血漿は大量出血に伴う異常な血圧や心拍数といった負傷者のバイタルサインを正常値に近付けることと、一定の止血効果が期待出来ます。

 しかし、人間の生命維持に必要なのは正常な血圧や心拍数だけではありません。脳を始め臓器や身体の隅々まで酸素が必要です。フリーズドライ血漿では循環する液量を正常な値に近付けることは期待出来ますが、酸素の運搬には血漿成分ではなく赤血球が必要です。ですが赤血球はフリーズドライ化することが出来ず、赤血球製剤や全血製剤は適切な保存装置なしに持ち歩くことが出来ません。

 そこで米陸軍第75レンジャー連隊にて検証が開始されたのが、Ranger O Law Titer (ROLO) Whole Blood Program(レンジャー低力値O型・全血輸血プログラム)です。そもそも2013年版までのTCCCガイドラインでは、輸液としては生理食塩液が勧められていましたが、2014年版以降は全血、1:1:1の割合で混合された赤血球・血漿・血小板製剤、1:1の割合で混合された赤血球と血漿製剤、赤血球製剤か血漿製剤単独、人造血漿溶液、若しくは電解質輸液の順での輸液が勧められています。

 これを実際にどう行うかと言えば、平時の間に隊員の中でO型の血液を有する隊員を抽出し、彼らの血液を複数の精密検査を通じて感染症リスクを徹底的に下げ、検査を通った隊員を輸血元として事前に登録しておくことになります。そして戦場でいざ輸液が必要となった負傷者が生じた場合、戦場にて事前に抽出しておいた隊員が「献血」を行い、その場で負傷者に「輸血」されます。2014年版の段階では、A型の血液はA型の負傷者に、O型の血液はそれ以外の負傷者に輸血することとなっていました。これはアメリカ人の血液型の割合がA型40%、O型40%であったことから同型の血液型同士だけでも人口の80%をカバーでき、O型の血液はB型とAB型にも使えるからでした。因みに日本人の場合はA型40%、O型30%、B型20%、AB型10%になります。

 ですが、ROLO全血輸血プログラムでは全ての血液型に対して抗体抗原反応なく適用出来るとして、O型のドナーのみが輸血元として指定されています。また、Rhのプラス・マイナスの問題に関しては、戦場での急を要する輸血では重視されていません。血液量が極めて減少して死に至る寸前の負傷者には、Rhのプラス・マイナスは関係なくとにかく輸血することで延命することがTCCCでは求められています。また、最悪、事前に指定したドナーが存在せず同型の血液型ドナーしか現場にいない場合、感染症のリスクは二の次にして輸血を実施します。これは、感染症は後送された先やその後の治療で治せる可能性がある反面、失血はその場でしか防ぐことが出来ないからです。

 なお、勿論敵と銃火を交えている間に輸液を行うことは出来ません。戦闘衛生には3つの段階がありますが、どの段階に何をすべきかを理解して訓練していなければ無駄に負傷者を増やすことになりますので注意が必要です。それぞれの段階の違いや必要なケアについての詳しいことは、TCCCやTECCガイドラインに基づいた戦闘衛生(Combat Lifesaver)訓練を受けて下さい。
終わり
  

Posted by Shadow Warriors Training at 00:35小ネタ

2017年12月16日

戦場での輸液について(2)


 では、先ず、フリーズドライ血漿とは何なのか?これは乾燥状態にある血漿で、200mlの水で数分(3~6分)で負傷者に対して使用できる血漿製剤になるものです。血漿製剤とは血液から出血の防止に必要な各種の凝固因子が含まれる血漿を取り出したもので、一般的な医療のための製剤は、品質を保持するために-20度以下で凍結されています。しかし、最前線では冷凍装置を設備する余裕がなく、また移動中の部隊が冷凍装置を持ち歩くことも出来ません。また凍結状態のままでは使えないないことから、使用前には常温に戻す手間が必要になります。この様な欠点があることから、戦場での簡易な取扱いを目指して1994年にフランス陸軍がフリーズドライ血漿の採用を開始しました。

米国では(日本でも)血液製剤を介した肝炎の媒介が問題となり認可が下りていませんが、フランスでは過去に比較してより厳しい規準と技術で検査された血液から造られるフリーズドライ血漿は様々なリスクが極めて低いと判断され、実用化に至りました。フランス製のフリーズドライ血漿は、少なくとも10人以上から採られた血液からなり、希釈されることで抗原抗体反応のリスクを下げていると言われています。ただこの点については各国の認可機関による更なる検証が必要なため、現にアメリカでは未だFDAによる認可は下りていません。ですが、特殊作戦司令部(USSOCOM)のリクエストから始まったホワイトハウスとFDAの協力により、2020年までに米国内にて生産が可能な体制の確立を目指して動いています。

また、このフリーズドライ血漿は常温で2年間の保存が可能であり(凍結血漿製剤は1年間)、全ての血液型の負傷者に使用することが可能とされています。なお、米軍では作戦に持ち出して未使用のまま持ち帰られたものは、検査の後、訓練用として使用されるます。現時点では味方の陣地や医療施設から遠く離れた場所で活動するUSSOCOMに所属する部隊でしか使用されていませんが、FDAによる認可が下り国内生産が可能となった後は戦地に赴く一般部隊での使用も期待されています。
(3)へ続く
  

Posted by Shadow Warriors Training at 00:33小ネタ

2017年12月03日

戦場での輸液について(1)


 戦場では医療資源が限られています。医療資源とは、医薬品や医療キットだけでなく、必要なケアを施す技量を有する隊員の有無や、その様な隊員の訓練・知識レベルも含みます。市街地を含め野外では様々な負傷の形態がありますが、戦闘衛生では負傷ごとのリスクに応じた対処法を訓練している訳ではありません。その理由としては医療資源が限られている問題と、戦場という特殊な環境における負傷の中で応急処置による延命が可能か否かといった問題があることから、助けたいという理想と助かる可能性という現実のバランスをとった内容だけに特化しているからです。良く言えばバランスを取ったと言えますが、悪く言えば妥協案に落ち着いたとも言えます。

 TCCC/CLSの訓練を受けた方ならお分かりかと思いますが、戦闘衛生で最も重要視しているケアが大量出血への対処です。これが統計的に見て死者集が多いことから理由ですが、CLSの役割としては止血による失血死の防止に留まります。ですが、衛生隊員の場合はTCCCの第2、第3段階のケアに係わることから、止血帯を必要とする程度の損傷を受けた負傷者の安定化に努めるために、戦場における輸液は外すことの出来ない訓練課目となっています。

 残念ながら日本国内では薬事法や医師法の悪影響のせいで、強いて言えば厚労省や医師会の圧力によって、自衛官や法執行官はもちろん、救急業務に従事する消防隊員ですら現場で輸液を行うことが出来ません。よってこういった技術を実際に学びたい場合は、私と同じように是非海外のスクールで訓練を受けて下さい。幸い私はSWATメディックや陸軍18D(特殊部隊の医療担当軍曹)が教官を務めるコースを受けることができ、演習場で実弾射撃訓練を行いながら生食を用いて筋肉注射や静脈注射を行ったりする医療訓練をこれまで150時間ほど実施してきました。

 そこで、最近MARSOC(米海兵隊特殊部隊)が戦場で用いて話題となったフリーズドライ血漿や、第75陸軍レンジャー連隊が実施する全血輸血プログラムについて、戦場での輸液の必要性や注意点などについて、数回に渡り解説したいと思います。
(2)へ続く
  

Posted by Shadow Warriors Training at 23:58小ネタ