2016年01月24日

コンフォート・ゾーン(2)


 コンフォート・ゾーンを語る上で、訓練生の体力面や精神面について議論されることもありますが、これらは前回述べた「技術面」とは性格が異なります。警察官や軍人にとっては「体力」や「精神力」は基本であり基礎です。これが疎かではその先に色々な道があっても進むことが出来ません。ですので単純に体力や精神力を試す段階の訓練では一定の到達目標を定めるに留まり、個々のコンフォート・ゾーンなど気にする必要もありません。警察官の初任教養や自衛官の前記教育課程などが例です。

 一般的には警察学校は未来の警察官を育てる場所であり、自衛官の教育課程は未来の自衛官を育てる場所であると認識されていますが、実際は違います。本質的には何れも体力的、特に精神的な基準を満たさない者をふるいにかけて民間へ送り戻すための場所です。確かに学科や術科として様々な事を学び、訓練しますが、これらの教育課程で最も教官陣が学生に期待するものは「理不尽への適応力」です。この段階では歯を食いしばって喰らいついてくる者だけが生き残る世界であり、自らコンフォート・ゾーンの外へ踏み出して行く以外に次へ進むチャンスは与えられません。

 しかし残念なことに、こういった教育課程が組織の教育に対する考え方のバックボーンとなってしまっているので、一定の基礎的な基準を満たした者に対する技術的な向上を目指した訓練でも同じやり方で教えられてしまうことがあります。この段階での教え方を間違ってしまう状態が前回の記事で説明した、インストラクターの自己満足というものに当たります。要は、理解して体得するまでに詳細な説明や展示などが必要なもの(技術的なもの)と、基準を示して個々の努力を期待するもの(体力的なもの)の間には教え方に明確な違いがあるのです。

 この違いを理解しないで同じようなやり方で教えるインストラクターがいれば、彼らはインストラクターとしてのコンフォート・ゾーンを抜け出せていないのでしょう。自分が知っている事や自分が正しいと思うやり方から抜け出せず、十分な説明も出来ず的確な展示も出来ないまま、義務的に訓練課目を消化するだけしか悲しいかな出来ないのです。以前から述べていますが、インストラクターは「何故こうするのか?」だけでなく、「何故こうしては駄目なのか?」も説明出来る必要があります。「あれはダメ、これもダメ、こうしろ」だけではInternet CommandoやKeyboard Rangerと同じです。両側面からの「何故?」に答えられなければ訓練生は納得しません。

 コンフォート・ゾーンを広げるには広げ方を知る必要があります。まして他人のコンフォート・ゾーンを広げるにあたっては、自らもコンフォート・ゾーンを広げる努力と経験が無ければ容易ではありません。海外ではなぜ警察官や軍人が休日を使ってタクティカル・スクールに通うのか?なぜ所属する部隊での訓練では駄目なのか?それは訓練の内容だけでなく教え方に答えがあるからです。警察や軍隊ではどれだけ教え方が下手なインストラクターでも訓練生は仕事として絶えることなく受けに来ますが、民間では教え方が下手であればお金を無駄にしたくないので誰も受けに来ません。この図式を理解出来ずに現状に甘えていると、インストラクターとしてのコンフォート・ゾーンを広げることが出来なくなり、教え方や内容が自己満足なものになってしまいます。
終わり
  

Posted by Shadow Warriors Training at 14:10小ネタ

2016年01月17日

コンフォート・ゾーン(1)


 コンフォートとは英語で「心地よい」などを意味します。そして、コンフォート・ゾーンとは個々が快適に感じる「居心地のいい場所」を意味します。「コンフォート・ゾーンから抜け出せない者は成長しない」とビジネスの分野では言われますが、これは個々の得意分野や余裕を持って行える範囲内でしか仕事をしない者はその殻を破れないことから言われています。タクティカル・トレーニングでは、この「居心地のいい」とは心理的なものだけでなく、運動生理学的な側面も含みます。普段以上の精神的・肉体的な負担が掛けられた状態で高いパフォーマンスを発揮することが望まれる軍人や警察官にとっては、コンフォート・ゾーンの中だけでトレーニングを続けているとそれ以上の成長は望めません。もっとも、コンフォート・ゾーンの中だけで行っているのであれば、それはプラクティス(練習)であってトレーニング(訓練)とは呼べませんが...

 では普段の練習以上の負荷とは具体的にはどの様なことでしょうか?例として挙げるなら、ドリルに時間制限を設けたり、プレッシャーを与えて緊張感を高めたり、ただ撃つだけでなく考えて撃つ状況を付与したりすることです。勿論、個々の技量や能力によってコンフォート・ゾーンの外側に置かれた際の適応力は異なります。よって、トレーニングでは個々の適応力に応じてコンフォート・ゾーンの外側への出し方や度合いを変化させる必要があります。完全に外側に追いやることで「技術不足」を知らしめることはここの目的ではありません。その様なことを行う者がインストラクターである場合は、訓練生は一切技量を伸ばすことはないでしょう。単にインストラクターが自分が如何に優れているかを知らしめて自己満足に浸っているだけです。

 個々の技量を伸ばす上でインストラクターにとって重要なことは、個々が限界と思っているよりも少しだけプッシュすることです。そしてプッシュされても適応出来るのであれば、更にプッシュすると言った具合に、個々の能力を見極めて正しいタイミングで適度に少しずつコンフォート・ゾーンを広げていくことにあります。そうすることで、技量や適応力だけでなく、それらを取得したことによる自信を得ることが出来ます。この自信を得ることが非常に重要です。精神的にポジティブな状態で訓練を終えることで、自主練習や次のトレーニングへの準備が進みます。逆に出来ないことを知らしめて精神的に叩きのめすだけでは、自主練をする気にならなければ、やり方も分からず。また、次のトレーニングに参加する気も失せます。
(2)へ続く 
  

Posted by Shadow Warriors Training at 22:35小ネタ

2016年01月08日

新型CAT(2)


 前回紹介したCATの欠点を鑑みて、米軍では4軍合同の医療部門のプロジェクトでOIF・OEFで止血帯が実際に使用された事例の研究がなされました。2012年の報告では、サンプルとして抽出された100件のうち2穴式は59件で、1穴式は41件であったと報告されています。また、1穴式であった41件のうち、写真左側のやり方が27件で中央のやり方が14件であったと報告されています。因みに抽出された事例の34%は腕の負傷であり、66%は脚の負傷でした。

 止血帯は確実に強く締め付けることが重要ですが、それよりも大事なのはいかに早く締め付けるかです。止血とは出血を止めることが目的ではありません。止血の目的は出血を迅速に止めることです。そこで、片腕で用いても迅速かつ効果的に締め付けが実施出来るように、1穴式だけとした第7世代が発売されました。因みに写真中央のやり方はバックルが壊れた場合に止血帯が外れてしまうので第6世代までのCATでは間違ったやり方です。反面左側のやり方ですと、万が一ベルトがかかっている部分が壊れても、バックルの一番外側の部分にベルトが引っ掛かって完全にベルトが外れることが辛うじて防がれます。第7世代CATではこの問題に対応するためにバックルの太さを従来のものより太くし、強いトルクで締め付けても破損し難いように強度を上げていますが、第6世代までのCATでは写真左側のやり方で締め付けるのが緊縛力と速度のバランスから見て現在のところ最も有効な方法です。

 なお、2010年5月から2012年2月までの間に実際にイラクやアフガニスタンの戦場で使用された止血帯390本が前述のプロジェクトチームによる調査の為に回収されましたが、使用された案件は153件でした。つまり、1件あたり2.55本の止血帯が使用されたことになります。よって、小隊付きの衛生兵だけでなく、各隊員も各自2本以上の止血帯を携帯することが望ましいことがお分かりになるかと思います。


 CATの特徴的なベルクロによる片手での締め付け難さへの対応として、米軍特殊部隊ではSOFTT (Special Operation Forces Tactical Turniquet) が採用されています。写真のものはその中で第3世代とされる、SOFTT-Wです。WはWide (幅広) の意味ですが、第2世代以前のモデルと比べてベルトの幅が広くなっています。実はベルトの幅は重要な要素で、締め付けた際に細胞組織を破壊せずに血管を効果的に締め付けるのに有効とされている幅が約3~5センチと臨床試験で結論付けられています。

 SOFTTはベルクロ式のベルトを用いていません。ベルクロは泥や雪が付着すると接合力が阻害されますが、特殊部隊にとっては熱帯のジャングルから極寒の極地に至るまでの世界中のあらゆる環境下での使用が想定されますので、ベルクロ式でないタイプが好まれて使用されています。

 因みに日本国内では止血帯は「医療機器」に分類されています。輸入や販売には厚生労働省などから製造販売業の許可や承認が必要です。ネット上にはCATやSOFTTを販売しているサイトが数多くありますが、官品以外に個人使用目的で購入をお考えの方は注意して下さい。正規輸入品として然るべき許可を得て輸入されたもの以外を購入されますと薬事法に抵触することになります。トレーニング目的などで個人で購入をお考えの場合はご注意下さい。

 またCATには使用期限としての年月が印字されており、未使用のまま期限が迫った物が沖縄の基地から放出品として出回っています。薬品であれば劣化や変性などで効果が低減することがありますが、ナイロン製の止血帯は腐りません。この様な製品にある使用期限は、メーカーが買い替えにより利益を得るために設定したものです。よって破損などない限り、CATは記載の期限を超えても使用出来ますので惑わされないで下さい。

 メディカル・キットも銃と同じで、片手で、場合によっては明りのない状況下でも使いこなせることが求められます。「どこぞの部隊が装備しているから優秀な装備品である」と安易に考えるのは間違っています。研究と実証を重ねて装備されているのなら参考になりますが、予算や調達の都合から装備しているだけの可能性もありますので、自分が活動する地域や作戦に応じた装備を見つけることが大切です。そして手にしたらそれをあらゆる状況を想定して演練することが望まれます。何故なら、自らの命のかけてそれらを使用する日が遠い日である保障はないからです。
終わり
  

Posted by Shadow Warriors Training at 23:17小ネタ

2016年01月03日

新型CAT(1)


 新年あけましておめでとうございます。2016年一発目のネタは、North American Rescue社のCAT (Combat Application Turniquet) についてです。昨年後半にGen.7 (Generation 7/第7世代) が発売されました。上の写真の上側が第6世代で陸自でも使っているタイプです。下側が今回発表された第7世代です。何が違うかと言うと、バックルの形状です。

 CATを実際に使った方はお判りかと思いますが、CATのベルトは特殊なタイプのベルクロからなります。通常のベルクロは雄面と雌面が合わさることで引っ付きますが、CATのベルトに使われているものは雄雌の区別がないタイプです。よって、どの位置でも2枚が重なると簡単に引っ付きます。逆に言えば、雄面同士や雌面同士を重ねてテープが引っ付かない様にしておくことが出来ません。これがCATの特徴でもあり欠点でした。

 下の写真は第6世代のCATを使用する際のベルトの通し方を示したものですが、3つのパターンがあります。

 左はバックルの内側だけを使った1穴式、中央はバックルの外側だけを使った1穴式、そして右がバックルの内側と外側を使った2穴式です。NAR社は左側のやり方を「Ready Position」と推奨していますが、腕に用いる場合は左側のやり方を、脚に用いる場合は右側のやり方を正しい装着方法として発売していました。

 2穴式の利点はベルクロ自体の接合力だけでなく、バックルへの通し方による摩擦力によっても強い締め付けとトルクに耐え得る構造であることです。特に脚は腕よりも筋肉量が多いのでかなりの力で締め付ける必要がありますので、より外れにくいようにこのやり方が推奨されています。ですが欠点としては、特殊なベルクロであることから、ベルトの接触を極力避けながら締め付けなければテープ同士が直ぐに引っ付いてしまい締め付けを阻害してしまうことです。

 この欠点を補うには、両手でCATを締め付ける必要があります。しかし、脚を負傷して止血帯が必要となるような状況下では、腕が無事であるとの保障は残念ながら皆無です。よって、片腕でもCATを締め付けられることが隊員には求められますが、2穴式の通し方では片腕だけで迅速かつ効果的に締め付けることが極めて困難でした。また、バックルの穴も極めて狭いので、左側の「Ready Position」の状態から手探りで端末部を差し込んで2穴式に移行することも極めて困難であり、明りのない状況下での実現性に問題がありました。
(2)へ続く

  

Posted by Shadow Warriors Training at 00:00小ネタ